変わりたい人

こんにちは、小川です。

変わりたいと思っている方は多いのではないでしょうか?

ただ、本当に「変わりたい」という言葉の選択はあっているのでしょうか。

私は「変わりたい」の思惟がそもそも相違と考えています。

 

我々は赤ちゃんで生まれ、何も知らずに生まれてきます。

人は親からDNAを受け継ぎ、脳を筆頭に付け継がれてきます。

「性格」とはそれぞれの脳内物質の分泌量の多寡によって構成されていきます。

センスといった感性才能も関係はあるでしょう。

でも基本的には空っぽの状態で生まれてきます。

ですので、「変わりたい」とはどの時点と比べて変わりたいのでしょうか。

たぶん、自分を否定していなかった頃なのではないかと推測します。

実は私がそうだったからです。自己嫌悪を覚えた10歳ぐらいからだったのかもしれません。

それから、自己嫌悪との葛藤で苛まれ苦しんできました。

鬱だったのかもしれないし、精神が弱いからかもしれないし、考え方で良くなるのかもしれないし、いろいろ浮かんでは消え浮かんでは消えが繰り返し繰り返ししていました。

 

出口が見えない暗いトンネルを歩いているようです。

寂しく、心細く息が詰まる感じです。

時間の消費していて、命が短くなっていくのが嫌だったのです。

 

そんなときにコーチングを知りました。

40歳をまわってから学んで、コーチングで気づきました。

「変わりたい」の言葉は初めから間違いで、「変わる」こと自体が無いのだと気づきました。

なぜなら、自分の塊に知恵知識感情がくっついて「今」の状態になっただけなので、要らない物を削ぎ落とせばいいわけです。

元々あるものをただ知ればいいと閃いたのです。

そこにはただ「心』という代物があって、心が変わることは無いと思っています。

心の使用の仕方でどのようにも『心』の観方が変わると思います。

『観方が変わる』が転じて「変わりたい」と表現するのだと思います。

 

「変わりたい」は自分の観方を変えたい!

観方を変えるのはできます。性格やセンスは関係ありません。

必ず自身の中でサインが現れます。

それは「嫉妬心」「嫌悪感」「苛立ち」「悔しさ」などかもしれません。

目を背けずに真っ直ぐに観てみてください。

色々感情が現れてきますが、それはあなたを襲ってきません。

襲ってくるのはあなたが目を背けたときだけです。

真正面から観ていれば襲ってきても受け止めたり、受け流したりできます。

立ち向かうばかりが正当法ではないとだけ覚えといてください。

 

そんなあなたも少しは変わりましたね。

なぜなら変わろうとしなければこのブログに出会えることは出来ないからです。

 

自分で変わろうとする思いが力になります。

変わりたいと小さい火種があなたの精神に火をつけ体を動かしたのです。

今、その気づきを感じてください。

その気づきを忘れないでください。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。