「人間の生命の本来の面目」 ~『運命を抱く』中村天風~

こんにちは、小川です。

私たちの生命の根源には進化と向上を図るための創造することだ。

破壊を好む人がいないのは生命の自然の成り行きである。

 

良い関係でいたいことは至極全うなのだ。

それは自分自身にも言えることで、人は人と人の間に関係が生まれるので『人間』と言う。

それは肉体と霊魂の間にも生まれるので『人間』と言うことと同類と判断できる。

 

逆に、不自然な破壊を行おうとする人は不運な目に見舞われるのだ。

 

例えば

「今この世界をより良いものにしたい」

「この関係を継続させていきたい」

「相手に良心的な言葉で良好で保とう」

「自分を大事にしよう」

と円滑な関係を求めるのは自然な成り行きで、お腹が減ったら食べたいと同じで理由は無くてもいいのだ。つべこべ考えるから「ぐるぐる思考」になってしまう。

 

「アンチコメントを書こう」

「自分の意見を通そう」

エゴ、自我で生きると身体や人間関係や仕事など破壊されて予期せぬ展開になります。

「おれはがんばっているのに」

「おれはみんなのためにしているのに」

は実は周りが見えていなく破壊しているのかもしれません。

 

 

「自己の確立」

その為に「自己の確立」して、自分が生きることを見つめることが大事だ。

自分の本心からの意見を自分で『真実』と確証することだ。

 

人は生きていくうえで善いこと悪いことを常に判断している。

だが、常識や思い込み、風潮、マスコミ、多数派などに流されて、自分の真実を信じれなかったりする。それでは「自己の確立」はされていない。

 

ただ、現代は今までの人間社会において安心安全にそして安易に暮らすことが出来る。

特に日本において戦いで死ぬことは少なく、食べ物も簡単に手に入り餓死することは皆無だ。

仕事でお金を手に入れやすいし、衣食住や医療も充実している。

その守られた生活区域で「食べるために生活をする」風潮に流されていては、善く生きることは難しい。

・お金を稼ぎたい

・ホワイト企業で働きたい

・政府が生活保護で保証するべきだ

・ただ流されるままに生きて暮らす

人は老いても自身の進化と向上する意欲は失ってはならない。

何も意識高い系でいろってことではなく、動物的野心としてよりよい空間を求めよってことである。

 

 

自己規制してはならない

自分で「こんな年齢だから」「結婚しているから」「お金がない」「時間がない」と今までの思い込みで考えようとしていないことに目を向けてほしい。

「~がない」「~だから」と考えるようでは憐れで惨憺たる人生ではないか。

 

創造性をもって生きようではないか

どんな年齢でも、どんな環境でも、この命を自分自身の手で冷たくあしらうのはつまらないではないか。

少しずつ少しずつでもいいから一瞬一瞬を明るい方へ向けていこう。

確かに、何から始めればいいのか分からないと詰んでしまったと解決策が見いだせないと思い込んでしまうのも分かる。

がしかし、あなたはいつまでそう想っていたいのか?

誰かが変えてくれるわけではない。

自分なら変われることはできるのは真実である、と知ることである。

それが真実と心で描けば、そのようになるのだ。

 

自分の「分」を知って伸びよ

自分の限界を知ることである。

高い目標に向かって一気に向かおうとすると、力不足で挫折してしまう。

そのために、適応できる限界を知ることだ。

その限界を知らなければ破綻してしまい、やる気がなくなってしまう。

 

ではどのようにすればいいのか。

『心を消極的にならず、力強く、常に自分の心に持たせる』ことだ。

 

人は「負け癖」が付くと剥がすのが難しい。

人は今までの範疇で物事を考えてしまうから、限界を過去の出来事から決めつけてしまう。

負け癖に、今までの思い込みに囚われず、0からの精神で挑み、自分で限界を創らないことだと言いたい。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。